才能のない人間はいない!|ご自身でそう思われる方必読


才能のない人間はいません|悩まないでください

才能ない人間自分は才能ない人間だ。

そう思い悩まれた事はないでしょうか?

才能ない人間はいないという事についてこの記事をご覧いただきありがとうございます。

人生悩み尽きざるなりサイト管理人の飛田ポテトと申します。

あなたが一生懸命打ち込んでいる事。

例えば仕事。

趣味。

部活。

受験や資格取得などの勉強。

強い思いで高い志で打ち込めば打ち込むほど万が一その目的が成就しなかった時のショックは大きいものです。

その時に人は

『自分は才能ない人間だ』

そう思いがちです。

私にもそういった経験はありますしそういった相談を受けた事もありました。

しかし私はこの世の中に才能ない人間などいないと本気でそう思います。

その事を実際に相談を受けた体験などを交えてこの記事では

  • 才能ない人間|私自身がそう思っていました
  • 才能ない人間はいない|やってみたいと思う事それが才能
  • 才能ないい人間はいない|向上心と言う願望それもまた才能

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

今何か大きな目標に立ち向かい自分自身で才能がないかもしれないとお悩みの方に少しでも参考にして頂きますと幸いです。

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才能ない人間|私自身がそう思っていました

才能ない人間

『才能のない人間はいません~願望そのものが才能』

    『自分には何の才能もない』

こんな事を思ったり感じたりした事はないでしょうか?

少し前まで、私も私自身の事をそう思っていました(笑)

しかし、私は数年前、将来声優になりたいという女性と出会い、真剣に自分には才能がないから諦めようという女性を励ます為に、必死で考えた末、自分の口から思いもよらない言葉がでてきたのです。

『やりたい、なりたい、そう思う事が既に才能だよ』

何の根拠もない言葉ですが、この言葉を聞いた女性は目を輝かせて、

『ありがとうございます!そう思って、また頑張ってみます!』

と、輝きを失った目に、再び光を宿らせていました。

そのあと、その女性は声優から舞台女優へと、その道を変えましたが、同じ演劇の世界で伸び伸びと頑張っているようです。

才能ない人間はいない|やってみたいと思う事それが才能

才能ない人間私は、自分の口から出た言葉が、自分の言葉ながら何故か引っかかり、その言葉の意味について考えてみました。

才能という言葉を調べてみると、

『物事を巧みにこなす能力』

という事になるみたいです。

要するに『センス』ですよね?

『センス』とは、

『物事に対する感覚』

をいい、それが鋭いか鋭くないかで、

『センスがある』
『センスがない』

という評価に繋がり、それはそのまま

『才能がある』
『才能がない』

という具合に表現しているものと思います。

しかし、その『才能=センス』もやってみなければ、あるのかないのか分かりませんよね?

そうです。

まずはやってみないと、何も始まらないのです!

故に、

『やってみたい!』

と思って、実際に行動に移す、それそのものが才能といえるのです!

私は以下の3つに対しては『情熱』を傾けられない生き物だと考えています。

  • 興味が湧かない事
  • メリットがない事
  • 仕方なくやらねばならない事

この3つに対して真剣に取り組まねばならないという状況はストレスにしかなりません。

しかし、そういうストレスの中でも思いもしなかった才能を発揮したりする事もありますが…

また、やりたくない事に粘り強く取り組める、それ自身も才能といえると私は思っています。

才能ない人間はいない|向上心と言う願望それもまた才能

才能ない人間

才能がある、ない』が分かりやすいものを考えると、

『足の速さ』

はどうでしょうか?

例えば、少学校で一番足が速いA君がいたとします。

A君は中学生になって、自分は足が速いから陸上部に入って本格的に短距離をやるべきだと考えて陸上部に入部します。

→これは『やりたい!』という本人の意思で始めた事、つまり

『願望』

と言えますよね?

逆に、足が遅いので、速くなりたいから陸上を始める人もいるでしょうし、純粋にウサイン・ボルトに憧れて陸上を始める人もいるでしょう。

初期能力や動機に関わらず、やはり『やりたい』『こうなりたい』という願望から、すべては始まるのです。

A君は元々足が速かったので、順調に記録を伸ばしますが、ライバルも現れます。

ライバルに勝ちたいという思いから遊びには目もくれず、必死に努力し、ライバル達に勝って、彼は全国大会で優勝したりします。

それは高校生になっても続き、彼はインターハイでも優勝したりして、将来有望な選手として五輪強化選手に選ばれたりします。

→才能は努力で補完されるものですよね?

では、その努力は何で補完されるかと言うと『情熱』ですよね?

『情熱』は何で補完されるかと言うと、『願望』ですよね?

やはり全ての始まりは『やりたい!』という願望と言える事になります。

A君は大学生になり、日本新記録をマークします。

        『いつかは世界一に!』

彼は密かにそんな決意をします。

そしてついに五輪に出場しますが、日本一であるA君でも準決勝進出が精一杯でした。

それから彼は何度か日本新記録をマークしますが、やはり世界大会に出場しては準決勝止まりが続きます。

A君にはスプリンターとしての才能が無い事になるのでしょうか?

彼は日本一ではありますが、世界大会では準決勝止まりです。

しかし、一般の人は彼の事を『才能がない』とは評価しませんよね?

A君は凄い才能を持っているけど、世界にはもっと上がいるというだけです。

A君は結局、引退するまで決勝進出はかないませんでした。

しかし、彼は

『自分には才能がないからやめよう』

という気持ちになる事はありませんでした。

A君は妥協したり、開き直ってしまったわけではなく、大好きな事に情熱を傾け続けた事に素直に満足できたのです。

そして彼は自分が成しえなかった事を成しえる後輩を育てる為に指導者としての道を歩み始めたのです。

→良い結果がでたから『才能がある』のではなく、周りが認めるから『才能がある』のでもないと私は思います。

例えば、自分が興味もなく、仕方なくやっている事で、そんなに努力しなくても良い結果が出せ、周囲から才能があると評価されたとして、それにどれほどの情熱を傾けられるでしょう?

良い結果が出せた事に喜びを感じて情熱を傾けられたとしても、そこには

『もっといい結果を出したい!』

という願望を持ち得たから情熱を傾ける事ができるのです。

長々と書いてきましたが、結論として、『願望』そのものが『才能』と言え、

           『願望=才能

という図式が成り立つと、私は思います。

後は自分の『願望』を実現する為に色んな物事を犠牲にし、どれだけ『情熱』を傾けられるかで、結果や満足度が変わってくるものだと考えます。

自分が『何をどうしたいか?』、それを明確にして情熱を傾けて努力を続けられる事、それそのものが才能なのです!

この記事が、今、自分には才能がないと悩んでおられる方にとって、少しでも参考になれば幸いでございます。

この記事でご紹介させて頂く内容は以上となります。

長文、最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。

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