ドラマ真昼の悪魔の感想|内容はインパクト大!


ドラマ真昼の悪魔の感想|飛田こういうの好きです

ドラマ真昼の悪魔感想ドラマ真昼の悪魔感想についてこの記事をご覧いただきありがとうございます。

人生悩み尽きざるなりサイト管理人の飛田ポテトと申します。

ドラマ好きな飛田ではございますがいつも見るドラマの趣味はトレンドではない事が多いです。

この記事でご紹介させて頂く内容はドラマ真昼の悪魔を実際に見た感想から

  • ドラマ真昼の悪魔感想|オトナの土ドラシリーズ新作
  • ドラマ真昼の悪魔感想|田中麗奈さんの怪演がたまりません!
  • ドラマ真昼の悪魔感想|今後の展開が楽しみでなりません

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

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ドラマ真昼の悪魔感想|オトナの土ドラシリーズ新作

ドラマ真昼の悪魔感想ドラマ『真昼の悪魔』感想

先週より始まりましたドラマ真昼の悪魔』。

原作は1980年に発表された遠藤周作先生の同名小説。

フジテレビ系列局で毎週土曜23時40分から放送中で、『火の粉』がヒットした『オトナの土ドラシリーズ』の新作となりますな。

『オトナの土ドラ』という事で、このシリーズ、かなりドロドロ感の強い作品が多いです。

特に『火の粉』にはハマりました。

ホラー映画のような暗く、視聴者の精神を追い詰めるような演出は秀逸でしたが、今回の新作である


真昼の悪魔

も同等…

いや、それ以上のインパクトを与えてくれる作品になりそうです。

ドラマ真昼の悪魔感想|田中麗奈さんの怪演がたまりません!

ドラマ真昼の悪魔感想病院が舞台になっており、そこに勤務する外科医の大河内葉子が主人公。

美人で仕事が正確、患者さんから人気がある、所謂『善い先生』である大河内葉子は、その仮面の下に

『他人の苦しむ顔を見る事で自分の生を実感する』

という、典型的なサイコパスの性質を持つ人物。

この人物を演じる女優田中麗奈さんの、もはや『怪演』とも言える鬼気迫る演技がたまりません。

悩み、苦しんでいる人にさらなる追い打ちをかけて、ドン底に追い込んでおいてニヤリとほくそ笑む姿はまさに『悪魔』

ビジュアル的にもベストマッチングだと私は感じました。

大河内葉子は幼い頃から自分に道徳心や他人を思いやるという人間らしい感情が『無い』事を自覚しており、何故自分には人間らしい感情が無いのかという謎の答えを探しているように見えます。

葉子は、伊武雅刀さん演じる神父さんに懺悔室で悩みを告白します。

葉子は救いを求めているのですが、神父さんの言葉は彼女にとって救いにはなりません。

サイコパスと言われる性質にある人は、総じて知能が高く、身体能力も高い所謂『デキる人』である事が多いようですが、人間が社会で生きていく上で必要な道徳心に欠ける、もしくは理解し模倣はできても『必要性』を感じられず、精神的には常に『孤独』であるかと思います。

葉子もおそらくは両親にさえも自分が抱える悩み苦しみを打ち明けられず、精神的に孤独な人生を歩んできたものと察します。

葉子は、『能力』が高い為、社会で人間らしい生活を模倣し続けていますが、苦しんでいる他者を見ると社会的に見ての『悪』のスイッチが入り、『行動』に移してしまいます。

その『行動』を他者に見破られて追い詰められても、逆にその他者を制圧する『力』を葉子は持っています。

ドラマ真昼の悪魔感想|今後の展開が楽しみでなりません

ドラマ真昼の悪魔感想葉子が外科医になったのも、苦しんでいる人間には事欠かない環境であるからという理由からです。

彼女の生きる目的は、

『他者の苦しんでいる顔を見て、精神的に満たされたい』

という道徳的に見れば完全に『悪』と呼べる歪んだものです。

しかし、自分の性質を『悪』と自覚しながらも、何故自分はこうなのだろう?

こうなってしまったのだろう?

という『疑問』を抱えて苦しんでいるところには人間らしさを感じます。

それは、現状を『不幸』であると感じている証拠となります。

問題に対して『原因』を求める事は、その問題を何らかの形でクリアしたいという欲求があるという事になります。

葉子は、『原因』を見つける事ができるのか?

また、どのような形でその問題をクリアするのか?

これからの放送、そのあたりに注目して拝見させて頂きたいと思います。

それではまた、感想を述べさせて頂きたいと思います。

この記事でご紹介させて頂く内容は以上となります。

最後まで記事をお読み頂き、誠にありがとうございました。

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