生きる意味がわからないという方へ|活きる意味


生きる意味がわからないという事でお悩みの方へ

生きる意味わからない生きる意味がわからないという事についてこの記事をご覧いただきありがとうございます。

人生悩み尽きざるなりサイト管理人の飛田ポテトと申します。

漠然とした悩みですが実際に誰もが1度は悩んだ事はないでしょうか?

生きる意味がわからない・・・

自分はいったい何の為に存在しているのだろうか?

そんな事を考えてしまう時人はその他の大きな悩みを抱えている時に多いように感じられます。

この記事では

  • 生きる意味がわからないという方へ|生きるとは?
  • 生きる意味がわからないという方へ|時間の消費は生命の消費
  • 生きる意味がわからないという方へ|何故見失ってしまうのか?

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

今現在生きる意味がわからないとお悩みの方に少しでもご参考にして頂き活力を取り戻せるきっかけになれば幸いです。

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生きる意味がわからないという方へ|生きるとは?

生きる意味がわからない『生きる意味がわからないという方へ~生きるから「活きる」への生命活動の進化~』

何故生まれ、何故生きるのか…?

人間に生まれたなら、誰もが一度は考える、我々人間にとって永遠のテーマとも言えるフレーズです。

『生きる』という事に対して『意味』を欲しがる唯一の生き物であるが故の性とも言えましょう。

今日は、その『生きる意味』について私なりに考えてみたいと思います。


『生きる』とはなにか?

『生きる』、これを私は『生命』という名詞が動詞に変化したものであろうと捉えています。

生き物は、種に関わらず生を受けたその瞬間から『生命』を消費して生きていく事になります。

その『生命を消費する』という意味の動詞です。

生命は残念ながら『有限』です。

これをしっかりと理解しているのは地球上では我々人間くらいなのではないでしょうか?

『有限』、つまりいつかは無くなってしまうモノには『価値』があります。

しかも、これはただ一つしか無く、作ろうとして作れるものではない為、その『価値』はこの世界でも最高レベルでしょう。

その『価値』あるものを消費して生きているのだから、『意味』を見出そうとして当然の事なのです。


『生きる』為に必要なモノ

人間が生きていくのに必要な『モノ』について考えてみましょう。

生命を繋ぐ為に最低限必要なモノとして、

『水』、『空気』、『食料』

は大前提ですよね。

それに、文明社会に生きる人間が人間らしく生きていく為の基本となる三原則があります。

『衣食住』

大昔から、着る物、食料、住む所、この3つが揃ってはじめて人間らしい生活と言えるという認識はほぼ世界共通でありと言えます。

また、これら三原則を満たす為に必要なモノが、

『金銭』

つまり『お金』ですよね。

現代社会で生きる為に必要なモノとして、最も重要なモノである事は世界共通、誰の目にも明らかな事です。

我々は、この『お金』を得る為に『仕事』をしなければなりません。

また、別の角度から考えると『愛情』や『夢や希望』と言った精神的に自分を支えるモノも必要であると言えます。

生きる意味がわからないという方へ|時間の消費は生命の消費

生きる意味わからない

時間の消費は生命の消費

1日24時間という条件は全てのモノにたいして平等な摂理。

1日8時間労働、通勤に往復1時間と計算して、9時間、残り15時間。

週5日仕事したとして、仕事で使う時間は週に45時間。

週5日、24時間×5日が120時間。

120時間-45時間で残り75時間。

ここから1日の睡眠時間を仮に6時間として考えて週5日で30時間。

残り75時間-30時間=45時間が自由な時間となりますが、残業や休日出勤等で、実際はこんなに自由な時間を持てるわけありませんよね?

そして、大まかに分けた仕事の時間、睡眠の時間、自由な時間…

我々はその全ての自由に対して『生命』を消費しているのです。

『生命』の使い方

先に挙げてきた事をまとめて考えると、

『生命=時間』

という図式が成り立つと考えます。

この『生命=時間』をどのように消費するかで、人生における自分の『満足度』が変わってくるかと思います。

この『満足度』とは、自分が理想とする『幸福』に対して、どれほど近づいているかを指すモノです。

人間は常に『欲望』や『希望』、何らかの『望み』によって行動し、その全ての望みの行き着く先は自分が理想としている『幸福』であるはずです。

理想=幸福

ここではこの図式が成り立つと考えます。

生きる意味がわからないとう迷いは、この『理想=幸福』を見失ってしまう事から生じる事であると、私は考えます。

『理想=幸福』とは?

では、『理想=幸福』とは一体どういうものなのか?

価値観が多様化している現代では、その答えは人間の数ほどあると言えましょうが、全ての根底に共通する事として、

『毎日に満足し、その状態を脅かす障害のない状態』

であると言えると私は考えます。

理想を実現する途上、実現した後を問わずにこの状態が『理想=幸福』だと考えます。

自分にとって『理想=幸福』、更にそれに至る道を前に向かって歩んでいるという確信があれば、少なくとも、常に『毎日に満足している状態』であると言えるとも考えられます。

言い換えれば、『理想=幸福』と言う未来指向のビジョンを明確にできている状態そのものが一つの『幸福』であるとも言えるでしょう。

『活きる』という事

目指すべき『理想=幸福』に向かって前を向いて生きていく事を私は『生きる』ではなく、

『活きる』

と表現しています。

『生きる』は、単に生物としての生命活動を指しますが、『活きる』は知恵と精神性を兼ね添えた人間らしい未来指向の生き方を指します。

『人生を楽しみたい、楽しもう』という姿勢で生きている人からは、こちらまで元気にさせてくれる『活力』が溢れているものです。

生きる意味がわからないという方へ|何故見失ってしまうのか?

生きる意味がわからない


何故見失ってしまうのか?

原因は人間の数だけあるものと考えますが、大まかに考えてみますと、

  • 現在の生活と『理想=幸福』がかけ離れすぎている
  • 元々『理想=幸福』のビジョンがない

この2つが主な原因かと考えられます。

1,現在の生活が『理想=幸福』とかけ離れ過ぎている

現在、経済的に苦しい、病気を抱えている、仕事がうまくいかない、人間関係がうまくいかない、不運が続いている等の悩み、迷いの只中にあり、それ故に『理想=幸福』のビジョンがあったとしても、それに至る道が見つからず、またそれ故に見えていたはずの『理想=幸福』のビジョンすら朧気になってしまっている状態の事を指します。

明確な悩みや迷いが障害として立ち塞がったり、また、朧気な不安や不満が霧のように道を見失わせている状態にあると、人間はそこに注意が集中してしまい、そこから先が常なそのような状態であるかのように錯覚してしまいがちになります。

悩みや迷いが深く大きいほど、それは顕著になります。

例えば、今日食べる物が無く、明日も明後日も食べる物が得られる術がない状態にあるとしたら、どう思うでしょうか?

自分には悪気など一切ないのに、明確な理由もなく周囲から爪弾きにされている状態にあれば何を思うでしょうか?

人間は『絶望』を感じるでしょう。

『絶望』とは『希望』の対義語。

つまり、『望み』が絶たれた状態です。

これは、まさに『地獄の苦しみ』の只中にある状態だと言えます。

2,元々『理想=幸福』のビジョンがない

特に望まなくても生活が満たされ、不安がなければ、人間は『理想=幸福』を強烈に望む事はなくなるでしょう。
何もしたい事がなければビジョンを描けるわけでもなく、ただ無為に生きる事に虚しさを感じてしまうものかと思われます。

これも『絶望』と言えると思います。

では、どうすればよいのか?

1、2に共通して言える事は、

『全て自分の問題』

であると言えます。

1、2に共通したキーワードとして『絶望』が当てはまる事になります。

しかし、自分の人生の未来に対し、『絶望』するかどうかの決定権はあくまで自分自身にあります!

社会や他者から、

貴方の人生に未来はない

決めつける権利など微塵もないからです!

例えどんな苦境にあろうとも、自分には『希望』を抱く権利がある事を絶対に忘れてはいけません!

苦しい時には、誰かを頼りにしてもよいのです!

近い周囲にいる人達が自分を嫌っていると感じたり、見捨てたと感じたとしても、世の中の全ての人間が自分を見捨てているわけではないのです!

自分で自分の人生に『絶望』を決めつける必要はないのです!

また、苦境になく、ただ未来に対し望みがないのなら、自分が苦境にある人間の『希望』になればよいのです!

それがどんな小さな『希望』…

例えば苦しんでいる人に寄り添い、話を聞いてあげるだけでもよいのです。

その行為は人間として極めて高潔であり、それだけで十分に『生きる価値』があるではありませんか!

自分なんか他人の『希望』になれるわけがないと決めつける必要はありません!

結論

『人生』は、楽しい時も辛い時も、寝ている時も起きている時も、その全ての瞬間において常に、何にも代え難い、掛け替えのない『生命』を消費して過ごしていくものです。

その人生を単に、

『生きる』のか『活きる』のか?

それを決定する権利は自分自身以外にはどこにも在りはしないのです。

私は人間が他の生物から抜きん出た存在へと至ったわけを、ただ単に知恵を持ったからではなく、知恵から生じた精神性が高まる事で、

『生きる』から『活きる』

へと、その生命活動の進化に成功した事に見出しております。

『人生』には終わりがあります。

それはどんな人間にも平等です。

『どうせ終わって何もかもなくなるなら、人生に意味なんて無い、頑張っても意味がない』

と考える人がいるかも知れません。

ましてや、辛い事の方が多い世の中です。

それはそれで正しい理屈であると言えるかも知れません。

しかしそれは、理想へと向かう道の途上で、『辛い事』『虚しい事』が満ち満ちている落とし穴に落ちてしまったようなもので、なるほど落ちてしまえばその中では『辛い事』『虚しい事』しか目に入らないでしょう。

しかし、頑張れば自力で這い上がれるかも知れないし、声を上げれば誰かが助けてくれるかも知れない。

冷静に考えたら這い上がるための道具を持っているかも知れない。

そして、穴から這い出た時には景色は変わって見えるものです。

余程哲学的な思考の持ち主でない限り、悩みや迷いはありながらもうまくいっている人生に疑問を持つ人は少ないでしょう。

今そうだからといって、それは永遠ではないし、今うまくいっているといってそれが永遠に続く事も難しい。

大切なことは、『今』に捉われずに自分のビジョンを明確にしておく事です。

どの道を行けばいいのかわからなくても、方向さえあっていればいつかは目指す場所にたどり着けるものです

最後に、『生きる事に意味がないさら、生きていても仕方ない』と考えるなら、『意味』さえあれば生きていけるという事になります。

『今』、そういう迷いを抱えておられる方にとって、この記事が少しでも『生きる意味』を見出す参考になったなら幸いでございます。

この記事でご紹介させて頂く内容は以上となります。

長文、最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

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