生き甲斐がないと言う母の悩み|不安と虚無感


生き甲斐が無いという悲しい母|人生における大きな悩み

生き甲斐 ない

生き甲斐無いについてこの記事をご覧いただきありがとうございます。

人生悩み尽きざるなりサイト管理人の飛田ポテトと申します。

皆様は人生においての生き甲斐は何でしょうか?

仕事。

趣味。

伴侶。恋人

子供。

皆様それぞれに様々な生き甲斐があるかと思います。

しかし急にあなたの生き甲斐って何?

と聞かれてすぐにパッと答えれる方は何人いるのでしょう?

沢山あって何から答えたら良いかわからないという方は幸せですよね。

しかし生き甲斐が無くて答えれない。

そういう方もいらっしゃるかもしれないですね。

この記事では私の母が生き甲斐無いと言い出した時の実体験から

  • 生き甲斐無い母常に笑っていても幸せではない?
  • 生き甲斐無い母何をしていても楽しくない
  • 生き甲斐無い母楽しもうと思わないと楽しめないよ

以上の項目に沿ってご紹介させて頂きます。

人生において生き甲斐無い

生き甲斐を感じられないと思っていらっしゃる方々の参考に少しでもなれば幸いです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

生き甲斐無い母常に笑っていても幸せではない?

生き甲斐無い本当に楽しいと思った事がない

私の母親は、何をしていても本当に楽しいと思った事がないそうです。

基本的に

無趣味

で、いつも自分の事より家族の事を優先する自己犠牲的な性格をしています。

暗いわけではなく、本質的にはよく笑う明るく前向きな性格だと見えるのですが、常に何かに渇いているように見えます。

幼少の頃に裕福だった家庭が没落し、今まで付き合いのあった人達が手の平を返したように冷たくなったという経験がある為、人間不信気味でもあります。

母親が

何をしていても本当に楽しいと思った事がない

と口にし始めたのは、私が二十代前半の頃だったかと思います。私が社会人として働き始めて数年して、自分の役割は粗方済んだという思いから、そういう事を口走るようになったのだと思います。

私の母親は、社会の様々な出来事や流行などにほとんど興味を示しません。

『何で?』

と聞いてみると、

  • 『関係ない』
  • 『面白くない』
  • 『面倒臭い』

と言った答えが返ってきます。

確かに、ワイドショーで取り上げられる芸能人のゴシップネタやスポーツや政治、流行の話題などは母親には関係の無い事かも知れません。

その割には芸事には厳しく、歌手や役者の方々のパフォーマンスについては辛口評価がほとんどで、褒める事は年に数回あるかないかです(笑)

しかも、母親の辛口に私が乗っかると、

『お前は努力や苦労を知らない』

と言って説教気味になります。

私は演劇の世界にいた経験があるので、母親が役者さんに辛口評価している時にはフォローするのですが、

『そんな事は関係ない』

と、面倒臭がって聞く耳を持ちません。

生き甲斐無い母何をしていても楽しくない

生き甲斐無い

こんな風に書くと私の母親はかなり性格が悪そうに思われてしまうでしょうが、母親は基本的に優しく、周りからもそれなりに人気があります(笑)

人間の性格と言うものは複雑で一言で表現できたとて、それはその人の目立つ一面を捉えて表現しているに過ぎませんよね

普段は厳しい職場の上司でも、悩みを打ち明けてみると親身になってくれたり、その逆に、普段は優しい上司に悩みを打ち明けたら以外にドライであったり…

人間はその場面場面で違う面が現れる複雑な生き物だと私は思います。

脱線してしまいましたが、問題は

何をしていても、本当に楽しいと思った事がない

です。

これは、面白い事があれば笑うし、何かプレゼントをもらえば嬉しいし、友達とおしゃべりしていると楽しいという事には変わりはない。

しかし、それを心底楽しめていない自分を常に意識している、という事ではないでしょうか?

そして、大概の場合、そういう人は自分の性格が好きではないと思っているように私は感じています。

事実、私の母親がそうです。

母親の他にもそういう人が周りにいますが、そういう人は大概、人生を楽しんでいると見える人を羨ましく思っているようです。

しかし、私は現代を生きる人間の大半は何をしていても本当に楽しいと思った事がないという思いを抱えていると思います。

生き甲斐無い母楽しもうと思わないと楽しめないよ

生き甲斐無いその理由は、常に『不安』を抱えているからです。

現代人、いや、これは遥か古代から…

人類が知恵に目覚めた時に生まれたものではないかと思います。

人間は『社会』で生きる中で、常に『やりたくない事』『煩わしい事』を『やらねばならない』状況の中にあります。

仕事、家事、人間関係が主な事柄だと思います。

これらを『やらねばならない』理由は、これらが即、生活の『不安』に直結しているからです。

我々の毎日の営みは、この『不安』を取り除く、または軽減させる為のものであると言っても過言ではないかと思います。

悲しいかな、そんな状況の中で『本当に楽しいと思える事は非常に少ないと思います。

私を含む多くの社会人は子供時代、学生時代はよかったと感じているはずです。

子供時代にも様々な『不安』はつきものでした。

しかし、それでも初めて経験する出来事が多く、それに夢中になる事ができていたため、楽しい事を本当に楽しめていたように思いますが、皆さんはいかがでしょうか?

しかし、大人になり、社会の荒波を己の身一つで越えてゆかねばならないと自覚した時から我々は日々瞬間瞬間に生じるあらゆる『不安と戦わねばならなくなったわけです。

今、『楽しい事を本当に楽しいと思えない』という人は、そんな状況を生きていく上で仕方ない事だと割り切りながらも、やはり『本当に楽しい』事を渇望しているのだと私は思います。

それは人間として当たり前の感情です。

私は知人から、

『絶対的な幸福ってどんな状態だと思う?』

と尋ねられた事があります。
私は、

『何の不安もない状態かな?』

と答えました。

すると知人は、

『僕の場合は少し違う…

僕は何をしていても楽しいのが絶対的な幸福だと思う』

と言いました。

うむ、と思いました。

彼のいう『何をしていても楽しい状態』とは、例えどんな苦しい状態であっても、いや、それすらも楽しいと思える状態だと言っていました。

どんなに仕事で行き詰まっても、

どんなにお金が無くても、

どんなに寂しくても、

それに、

『負けるなんてとんでもない!』

と、立ち向かい、乗り越えていく事に人生の本当の楽しみがあるのだと言うのです。

そんな精神状態であれば、本当に全てが楽しい、心底楽しいはずです。

平たく言えば、仕方ないと思って辛く感じる人生を歩んでいくよりは、

どんな事でも、思い切り楽しんでやる!

と、いい意味で開き直り、己の人生に向き合う事が人生を楽しむコツかと思います。

また、これは私が苦しくなった時に心に浮かべる言葉、座右の銘みたいなものなのですが、

人間は幸福になる為に生まれ、その過程の出来事は全て幸福への糧である

不幸になりたい人間は一人もいないと思います。

ならば、人間が生まれてくるのは幸福になる為に他ならない。

また、その幸福に向かっていく過程での様々な出来事から得られる経験は全て幸福への糧になるという意味です。

苦しい事や嫌な事があった時、私はこれを思い浮かべて、

『これも糧!』

と得難い経験をしたと考えるようにしています。

私の母親が

本当に楽しいと思った事がない

旨の発言をした時、私は

『そりゃハナから楽しむ気がなけりゃ楽しくないよ。

多分何か悩んでるんだろうけど、そんなもん、人間なんか常に悩み抱えてるもんなんだから、それでいちいち楽しいとか楽しくないとか言ってないで、楽ししけりゃ笑えばいいし、泣きたけりゃ泣けばいいんじゃない?

といった内容の話をします。

すると母親はムスッとしながらも

『そうかもね』

と席を立ちます(笑)

時々、母親とお笑い番組を見ていると思う事があります。

テレビに出演し、我々を笑わせてくれている芸人さん達にも悩みはあるはずですが、クスリとも笑わない母親の目には彼等の仕事振りがどう見えているのか…?

まあ、時々、

『ブブー!ウシシシシ!』

と、いきなり爆笑しだす事はありますが(笑)

悩みを抱えているから、不安を抱えているから楽しめないという事はないのではないでしょうか?

いや、悩みや不安があるからこそ、楽しい事は思いきり楽しむべきではないかと、私は思います。

今、人生を楽しめない、楽しくないと思っている方、人生においての生き甲斐無いと感じられている方。

この記事をお読みなられ、貴方の人生が楽しいものになる為の、せめてもの参考にしていただけたなら幸いでございます。

この記事でご紹介させて頂く内容は以上となります。

最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます!

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする